東京大学大学院 人文社会系研究科「合格者の声」
>勉強に効率ですとか近道ですとか、そういったものは究極的にはないのだということです。
私は春期講習から一年間本科生として昴で英語の勉強をし、二〇一六年度修士課程の院試で、早稲田文研(東洋哲学コース)および東大人社(東アジア思想文化専門)に合格しました。勉強方法や後輩に役立つ情報をということで筆を執らせて頂きます。
読む方が読めば個人を特定できる内容ですが、一切の悪意がないことをはじめにお断り致します。また、あくまで私自身が感じてきたことをまとめたものですので、参考程度にお考え下さいますよう宜しくお願い申し上げます。
◯試験科目
早稲田 九月下旬
一次試験:外国語(英語)・専門(中国思想に関する用語説明・思想史的小論述・漢文訓読)
二次試験:面接(五分程度。希望指導教授の確認後、その教授からの質疑応答など)
東大 一月下旬から二月上旬
一次試験:外国語(英語・中国語)・専門(漢文・現代中国語の和訳や説明を中心とした資料読解および、資料に関する中国思想基礎概念の小論述)
二次試験:卒業論文もしくはそれに代わる論文・面接(三〇分程度。提出した論文および研究計画書(出願資料)に関する質疑応答・入学後に取り組むべき研究課題の説明など)
◯過去問について
過去問は確実に入手することを強く勧めます。
早稲田の場合web上で入手することも可能ですが、大抵各専修室に現物(著作権等の関係でカットされていない版)が存在します。億劫に思わず、足を運んで確認してみて下さい。
東大の場合、問い合わせの上、それなりな値段で購入することとなります。昴は先生に言えばコピーを取らせてくれます。
利用については解くということより、分析することを重視すればよいかと思います。とりわけ専門科目は出るものがある程度決まっているので、きちんと対策をすれば高得点が狙えます。ちなみに早稲田文研は足切り点クリアではなく合計点が各コースの設けた基準を満たすと合格となるそうです。採点は糊名(受験番号・名前を隠すこと)して行われるため、合格発表まで教授も誰が合格したかわからないそうです。東大の基準等は分かりませんが、情報開示室で段階別評価の成績を知ることができます。
◯勉強方法
英語
昴の授業(構文・長文・院試演習)の復習を主にしました。復習の仕方は高橋先生のご教授に基づくのみで、とりわけ工夫はしませんでした。詳細は他の方の「合格者の声」をご覧になられたり、授業に参加されたりしてご確認下さい。
その他、早稲田の試験後の数週間で洋書を二冊読みました。この営みは英語に対する忍耐力がつき、冬頃からじわじわと成績が良くなったようにも思います。が、私は英語をとても不得手としておりますので、私の情報より他の方の情報の方が有意義かと思いますので、これ以上はやめます。とにかく、学部で早稲田教育に補欠合格した以外全滅した人間の英語力が、昴を通じて飛躍的に上がったということだけ強調します。本当によかった。
中国語
新宿にある工学院大学孔子学院に通い、会話の学習を中心にしました。
孔子学院とは日本の文部省に該当する中国の国家機関(教育部と言います)が、中国語を世界に普及させる目的で全国に設置している語学学校です。学生だと一万円で二〇回(各九〇分)の授業を受けられます。
私が会話を中心に学習したのは、多少の訳があります。というのも実は私大学院浪人を一年間しており、前年度の東大の試験の際、既に文法書を一冊(相原茂『whyにこたえるはじめての中国語』)終え、発音以外の基礎は一通り身につけていたのです。しかも漢文の知識も若干あり(今思えば無に等しいレベルでしたが)、東大の前年度の一次試験では英語より中国語の方が好成績だった次第です。ですから、初学者の方は、まず文法の基礎を押さえるところから始められるとよいかと思います。
とはいえ、会話を中心とした勉強は口と耳から言語を習得できますので、結果的に非常によかったと思います。昴でも英語の復習は音読を中心としています。やはり言語は音だなと実感しました。リズムがあります(多分)。具体的にはダイアログの暗記が出来る程度に発音練習を繰り返しました。
その他、HSKを受験しました。試験勉強という強制力によって(これは語学学校に通うという強制力と同じ原理ですが)、勉強を自然とするようになりますので、資格試験も学習のペースを作るのに有用だと思います。ちなみに九月に三級、一二月に四級を受けました。一週間程度過去問演習などを集中して行っただけですが、副詞や接続詞などをまとめて覚えるのに好機会でした。東大の試験でも落ち着いて構文を捉えることができたので、とりわけ四級の単語は確実に記憶してよかったと思います。
漢文
知り合いの先生に一対一で勉強を見てもらいました。毎週一日、テキストを徹底的に予習した上で、勉強会当日に訓読してゆき、間違えたところを指摘して頂く形式でした。とはいえ、一般的な話に還元出来ないので、何もこの点について助言出来ません。すいません。ですが、もし知り合いの中に漢文を自由に使いこなし、かつ教育熱心で後輩思いでらっしゃる方がおありでしたら、一年間でもお願いすると良いかもしれません。以下の論文の件も同様ですが、フットワークの軽さと人脈が大事です。
また、漢文の学習も先生に勧められ、訓読を音読することを復習としました。たとえ古典中国語の音でなくてもリズムがあります(多分)。読み進める量は少なかったのですが、一つ一つ確実に繰り返し音読することで、知識が定着したのだと振り返って思います。具体的には、訳本に一切頼らず張之洞『勧学篇』を全部と王国維『静庵文集』の頭までを読みました。後者は現在進行形で読んでいます。
早稲田専門科目
上述の通り、早稲田(東哲)の専門は三つの大問からなります。過去問を参照にしつつご覧下さい。
大問一(小論一問選択):
教授陣と問題を見比べれば、大まかに誰が問題を作成しているかわかるはずです。自分の就きたい先生の研究領域を理解するにあたって、極めて基礎的な思想史的意義を論述する問題ですので、ある程度ヤマを張れます。A4のルーズリーフ一枚分に満たない文量(二千次程度?)でいくつか事前に回答案を作成しました。もちろん参考書を見ながらです。
私の場合、宋代の研究を主にされている先生に就こうと考えていたので、その先生が作成されている問題からなるべく幅の広いテーマで予想問題を作成しました。そのテーマは、宋代の思想概論・明代の思想概論・明末清初の思想概論・清朝考証学についてです。しかし、いざ蓋を開けてみると傾向が多少変わっており、古代の研究をされている先生の問題を急遽解く運びとなりました。ここ二年の宋学の先生の問題は、二つのタームを比較したりしながら論述させる傾向にあります。(その先生は江戸儒学もご研究されており、日本儒学を専門に希望する受験者用の問題も比較問題になっています。)従って、東大出版の『中国思想文化事典』などを駆使してテーマ論述の対策をしてもよかったと反省しております。
大問二(語句説明六問選択):
所与の用語に対して三行程度の記述が求められます。こちらも参考書を見ながら回答案を作成しました。中国思想に限った話であれば、狩野直喜『中国哲学史』を読みながらそこに出てくる人名・著書を拾い、まとめました。勝手な想像ですが、一問当たり五つのポイントが盛り込まれていればまるが来るのではないでしょうか。こういった語句説明は連想ゲームですから、端的にまとめておけば問題ないと思います。
大問三(漢文訓読二問選択・もしくはサンスクリット語を含む英文和訳を一問分として選択しても良い):
受験者の母語や流派を問わず、訓読することが求められます。勉強方法や対策についてご助言できないのは大変申し訳なく存じますが、普段から漢文を読んでいればとりわけ難しい問題ではありません。サンスクリット語について助言出来ることは一切ありません。友人はサンスクリット語を全く訳さず、英文のみを訳して回答したところ、面接でサンスクリットの参考書を紹介されたと笑っていました。しかし、漢文が読めるのが前提の試験なので、インド思想を専攻に希望する方以外は仏教漢文(それは漢文でないという意見は置いておいて)や普通の漢文(?)を重点的に学習することを勧めます。ちなみに完全な白文でなく、点付きの白文です。四庫全書などから引いてくる場合もあるので、たまに誤植があります。本年度は『荘子』天下篇に一文字ありました。(読み慣れていれば、試験場で誤植に気がつきますが、下手に直す必要もないでしょう。)
早稲田面接
とりわけ対策はしませんでした。外部からの受験者は希望する指導教授の顔と名前を覚える程度でよいのではないでしょうか。二次試験は絞るための試験ではありません。が、先生のご著書を読むなどの最低限の礼は尽くすのが無難かと思われます。
東大専門科目
早稲田の試験で作成した回答案の復習を若干行ったものの、あまり多くの時間をペーパー試験対策にはかけませんでした(論文が忙しかったので)。だいたい儒教と宗教の関わりや清朝考証学者について、あるいは理気論の三つが多い気がします。昨年度から一〇行程度の論述が二年連続して出題されています。幅広い知識が必要でしょう。早稲田の試験のように選択問題がない分、得点を安定させるためには相当な知識量と思想史の把握が求められます。分野の壁を作らず中国学全体に関心を持って読書すると良いと思います。上述しましたが、漢文・現代中国語の資料読解が中心ですので、まずは語学力をつけましょう。年度によっては、ほぼ語学力しか問われない場合もあります。
東大論文
私の興味のある領域は清末の政治思想です。しかし、学部が早稲田の東洋哲学コースでしたので、教授陣には清末プロパーの方がおらず、正直困りました。学部時代の指導教授に相談したところ、お一人紹介できる先生がいらっしゃるということでご高配に与りました。
大抵、各大学の研究室には若い学者の発表の場を設ける目的で、学会を主催しているかと思います。その学会はある種の同窓会みたいになっており、学部の方が単身乗り込むにはやや勇気がいりますが、先輩の先生方と知り合うには絶好の場です。紹介された先生もコースの先輩に当たり、かつ東大の院に進学された先生でした。一言仲介役を学部時代の指導教授に担って頂いた上で、例の学会の名簿からお世話になりたい旨をメールで伝え、昼のわずかな時間にご挨拶に上がりました。早稲田の合格発表後一週間以内の出来事だったように記憶しております。
大学の先生には分刻みのスケジュールで動いている方もいらっしゃるので、じっくり丁寧に頻繁にご面倒を見て頂くのは難しいかもしれません。私の場合、大変お人柄の宜しい先生がご多用のところ面倒をみて下さり、幸運に恵まれたと思います。
指導は研究計画書について一回(出願直前)、卒業論文に代わる論文について三回(一一月下旬・一月上旬・一月中旬)行われました。研究計画書は草稿をお渡しして対面でご指導を頂きましたが、論文に関しては、遠方にいらっしゃる先生でしたので、毎回電話で一時間程度ご指導を賜りました。初回は論文の方針が定まり、一万字ほど執筆した段階でデータを転送し、その方針での執筆にゴーサインを頂きました。その際文章表現を若干訂正して頂きました。二回目は書き上がった段階でデータを送り、方針通りに進まなかった部分を考慮しながら、論の強調点や構造を直すようご指摘を頂戴しました。三回目は完成稿として送り、論文に基づいて今後の展望などを面接で述べられるよう準備するようご助言頂きました。その後、微調整を提出前に行いました。
キンコーズで製本したのですが、たまにデータに問題がなくても誤植が起こるので、製本後の確認は怠らない方がよいかと思います。私の場合漢文の引用がぐちゃぐちゃになっていたので、旧字等には要注意です。
執筆に関しては確実なことを確実に述べることを心がけ、あまりダイナミックで概論に終始することがないよう気をつけました。まだまだ私自身勉強中の身なので、皆様に助言できる立場ではございませんが、私もニュートラルな言葉遣いをするように言われましたので、そのようにされるのがよいのかと思います。
東大面接
志望動機や研究分野など、最低限予想できる質問には対策を練りましたが、二回目の面接ということだからか、用意した多くの点は訊かれず、論文への質問が主でした。
まず論文の要約と反省・今後の展望が訊かれました。なるべく勇み足な表現にならないよう、説得力のある形で説明するよう努めました。研究の意義などは研究上の研究意義ではなく、一般に還元した場合の研究意義をトートロジーにならないように答えるよう要求されたので、考えが熟していないものは正直に分からないと答えました。正直ダメかと思いました。メンタルが弱いので。
とはいえ、一次試験と論文自体は自信があったので、堂々と臨みました。ある種の度胸試し(無謀は勇気ではないことを踏まえつつ)みたいなものなので、事前にやることをやりきっていたら対策しようがないものかもしれません。
その他
読書習慣を改めました。四~八月までは研究生(早稲田では一般科目等履修生と呼びますが)として授業に参加し、関連する調べものはなるべくその日のうちに済まし、ゆとりのある日や休日は一日一冊以上教養本を含めて読破するよう心掛けました。そういえば、昨年三月に読んだ『八宗綱要』は決して面白くはない本ですが、仏教の基本タームが網羅されており、いい経験だったように思います。これからも壁を作らず貪欲に、妥協せず学問に励みたく思います。
まとめ
一年の反省・成果としましては、二つの発見があったように思います。
一つに自分で勉強する方法を確立するということがいかに難しいかということです。周りには頼れる大先生がきっといます。礼儀を尽くして真剣に勉強したいのだと伝われば、きっと手を差し伸べて下さります。そうした先生の助言は長年の知恵が凝縮されていますから、決して我流にならず、忠実に確実に実践すれば実りある一年になると頑迷にも信じております。
もう一つにこれだけ詳細に試験対策を述べながらおかしな発言をしますが、勉強に効率ですとか近道ですとか、そういったものは究極的にはないのだということです。つまり、上述の内容も平たく言えば、中国思想に詳しければ解けるだけの話であって、対策などの小手先に捕らわれてはいけないということです。そもそも院試で求められるのは突出した専門知などではなく、ある分野を研究する際、当然の様に知らなければならない知識と語学の運用能力に過ぎないのです。学部時代の指導教授が院浪確定した私を戒めた言葉を引用するなら、「基礎が大事。基礎が必ずしも簡単だとは限らない」と、そういうことです。昴の英語教育は徹底的に基礎力を鍛えてくれたように思います。そうした基礎力を用いて現在は英語文献も積極的に読むようにしておりますが、昨年の未熟な自分に比べ、随分と視野が広がったように感じます。読書が楽しいということはそれだけで幸せなことだと思います。
〇浪人について
こうして一年間を振り返ると随分「意識高い系」な話になってしまいましたが、私自身、決して優秀な学生ではありませんでした。なんせ大学院で浪人していますから。学部二年で第二外国語のドイツ語をさぼりにさぼりC評価のオンパレードをたたき出し(転部の関係で一年生に混じって授業を受けるのがつらいという単純にしてアホな理由です)、慌てて推薦をとるために三年次にGPAを上げる作戦に出るも惜しくも及ばず(スタートラインの段階で惜しくもなんともないです)、四年次には中国語の授業に参加せず、挙句の果てには全く新しい視点のない卒業論文を提出し、見事に浪人致しました。
これまでとりわけ失敗もなく、なんとなく進学してきただけに、当時はかなりショックを受けました。けれども、一年間心を入れ替え学習するのだと誓い、事を始めてからはくよくよしている暇もなく(多少卑屈になりましたが)、あっという間に一年が過ぎ、充実した年だったと今では思っております。もちろん全てを完璧にこなすことはできませんでしたが。
『ドラゴン桜』じゃありませんが、「身の回りにまるをつける」のはいいことだと思います。もし、私のように浪人されている方がいらしたら、せっかく儲けた一年だから、周りに負けずに勉強しようと思ってみてはいかがでしょうか。一年間一生懸命やればきっといいことがあると思います。
修士課程は多くの場合二年間で論文を仕上げなくてはなりません。きちんとした論文が書けなければ、たとえ博士課程の試験に合格していたとしても学者として芽が出ないのは容易に想像できるでしょう。私のこの一年はそういった学術的基礎や問題意識を明確にし、次へと繋げる準備期間だったのだと肯定的にとらえております。
とはいえこれからどのような困難が待ち受けているか、全く想像もつきませんが、少なくとも去年よりは少しの自信と大きな忍耐力がついたように思う次第です。
以上、長々と失礼致しました。それでは皆さん、諦めずに頑張って参りましょう!あなたが積極的である限り、昴はもちろん周りの方々はきっとサポートしてくれるはずです!!
〇補足
一:東大人社と複合文化は稀に試験日がずれるそうです。研究室の状況によっては両方受験するとよいでしょう。本年度・昨年度はずれていませんでしたが、両方合格したという先輩もいます。
二:試験中の手洗い等の退室は、早稲田文研だと記録されていますが、東大人社は記録していませんでした。後者は長丁場ということもあり、語学・専門と二回も行ってしまいましたが、何も問題はありませんでした。ご無理をなさらず、催したら行かれるとよいかと思います。
※送られてきた原稿を一字一句変えず、そのまま掲載しています。
※東大・人文社会系の他の合格者の方の体験記です。あわせてご覧ください。
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